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narunaru_narunaの日記

こんにちは、なーると申します。主にアニメやクイズゲームなどのブログです。

「視聴者」という立場を利用する

最近、ブログも更新できていなかったのですが、ちょうど今放送中である、アルドノア・ゼロの2期目で少し興味深いシーンがあったので、それを中心に、「視聴者」という立場を利用しながら作品を見ることについて触れたいと思います。

 

以降、ネタバレを含みます。

「アルドノア・ゼロ」15話:旋転する罠 まで。

 

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ストーリー、とりわけ人間関係を扱う作品においては、誰が何を知っている(知らない、知らないことになっている)ということを意識しておくと、より深い視点で作品に触れることができます。登場キャラクターの関係性においては、概ね認識や事実・出来事の捉え方、価値観などの違いからギャップが生じて、それが起点となっていろいろなトラブルや事件が発生することが少なくないからです。

これ自体もなかなか面白いテーマなので、別のエントリーとして書く予定ですが、今回は「視聴者」という立場を意識した視聴方法について書いてみたいと思います。

 

当たり前ですが、視聴者は作品世界からかけ離れた存在であり、作品そのものに直接的にアプローチすることはできません。感想や激励、クレームといった形で制作者に間接的に影響を与えることはできますが、作品そのものに関わることはできません。関わってしまうと、その時点で作り手側の人間になってしまうからです(そういったケースはかなり稀でしょうが)。

それでいて、視聴者は作品中で語られる出来事については全て知っています。独り言や心の声、過去の出来事なんかも触れていますね。ただ、そこには制約があって「視聴者自身が視聴した範囲で語られたことしか知らない」わけです。推理モノなどではそこを利用して、あえてフェイクを含ませたり、叙述トリックで視聴者の盲点を突いたりといったこともあるでしょう。

ここで意識しておきたいのは、視聴者は何でも知りうるということです。逆に言えば、視聴者と同じ認識を持つ登場キャラクターはまず存在しません(全知全能の神のような存在がいれば話は別ですが)。視聴している時に、ただ出来事を順に頭に入れただけだと、誰が何を知っているかは曖昧になりがちで、いろいろな事実を見落とす可能性もあります。

 

具体的な例でちょうどよいのがあったので(アルドノア・ゼロ2期の15話)、簡単にシーンの解説をしてみたいと思います。

(以降、本編の内容を含みます)

 

この回では、スレインが義理の父であるザーツバルム卿を裏切り、殺すというなかなか衝撃的な展開が起こりますが、ここで注目したいのが最後のスレインの演説シーン。演説の中でスレインは、ザーツバルム卿への哀悼とアセイラム姫への想いを口にします。

その演説の放送を見ていた伊奈帆、彼は人の嘘を見抜ける目を持っていますが、「彼(スレイン)の言葉に嘘はない」と分析します。なお、彼の目の分析は心を読むといった超能力的なものではなく、人が嘘をつく場合の体の変化などを読み取るといったものなので、具体的にスレインがその内側に何を思っているかまでは認識していません。

 

さて。

 

ここで伊奈帆が言っている「嘘はない」とは、具体的はどの部分を指しているのでしょうか。その前に、伊奈帆が「この時点で登場しているアセイラム姫は偽物」ということを知っていることも付け加えておきましょう。

伊奈帆の視点で考えてみると、アセイラム姫に対するスレインの言葉に嘘はない、といっているわけです。どうやら替え玉を使ってはいるが、姫への忠誠は本物である、と感じているわけです。当然ですが、スレインがザーツバルム卿を殺した事実を伊奈帆は知りません。なので、嘘をついていないと認識できることはあくまでアセイラム姫についての部分のみです。

それに対して、スレインがザーツバルム卿を殺したことを我々は知っています。それを踏まえて、改めてスレインの言葉と、伊奈帆の「嘘はない」と分析したことを思い返してみると、スレインがザーツバルム卿のことを2人目の父として慕っていたということに関しても嘘はない、ということになります。

少し深読みし過ぎの可能性はありますが、スレインのザーツバルム卿への最後のセリフが「とうさん」であったことと、何とも言えない複雑な表情からしても、そういう意図で作られたシーンであると判断してもよいかと思います。

あるいは、あの罠自体は伊奈帆に仕掛けるために用意していたというセリフもあるので、今回の仕掛けで殺すつもりではなかったのかもしれません。

 

こうして見ると、スレインというキャラクターへの我々視聴者の感じ方も変わってくるのではないかなと思うわけです。いろいろな事実や出来事を重ねてみると、より広く、深く作品に触れることができるのではないでしょうか。

 

ただ、上記の鑑賞方法は集中力を要求されるので、とても疲れます。また、日常系の作品など、細かいキャラクターの機微がストーリーに絡む作品でなければ、タダの徒労に終わってしまいます。そこまでする必要があるかどうかは、作品の中身を見て決めるべきでしょう。

 

いかがでしょうか。

TLやコメントを見ながら楽しむ実況向きの作品もありますが、あーだこーだといろいろ考えながら見ると、発見があった時の嬉しさはなかなかのものです。そういった興味と余裕がある時に、一度やってみることをオススメしたいです。